2013年1月13日日曜日

13日「ナザレのイエス」

 

 

ルカ2:51-52 新約p 105(引用は、日本聖書協会発行『聖書新共同訳』)

51それから、イエスは一緒に下って行き、ナザレに帰り、両親に仕えてお暮らしになった。母はこれらのことをすべて心に納めていた。

52イエスは知恵が増し、背丈も伸び、神と人とに愛された。

 

*キリストはその活動(公生涯)の前に、30年間の隠れた生活を送られました。

大きな働きの前に10倍の準備期間を過ごされたのです。

私たちも準備期間大切にすることができますように。

 

2013年1月11日金曜日

11日「エルサレムよ」

 

 

 

詩編137:5-6 旧約p 978(引用は、日本聖書協会発行『聖書新共同訳』)

5エルサレムよ

もしも、わたしがあなたを忘れるなら

わたしの右手はなえるがよい。

6 わたしの舌は上顎にはり付くがよい

もしも、あなたを思わぬときがあるなら

もしも、エルサレムを

わたしの最大の喜びとしないなら。

 

*イスラエル民族にとって。エルサレムは決して忘れてはならない心の故郷でした。

遠く離れた場所で大成功を収めた人たちもいますが、

それでもエルサレムは特別の場所なのです。

私たちにとって忘れてはいけない人、忘れてはいけない場所はどこでしょうか。

心の故郷のような場所はどこにあるでしょうか。

本来あるべき自分の姿に立ち戻る場所。

ありのままの自分でいられる人。

そこに人の最も大きな喜びがあります。

 

2013年1月10日木曜日

10日「内住のキリスト」

 

 

コロサイ1:26-29 新約p 369(引用は、日本聖書協会発行『聖書新共同訳』)

26世の初めから代々にわたって隠されていた、秘められた計画が、今や、神の聖なる者たちに明らかにされたのです。

27この秘められた計画が異邦人にとってどれほど栄光に満ちたものであるかを、神は彼らに知らせようとされました。その計画とは、あなたがたの内におられるキリスト、栄光の希望です。

28このキリストを、わたしたちは宣べ伝えており、すべての人がキリストに結ばれて完全な者となるように、知恵を尽くしてすべての人を諭し、教えています。

29このために、わたしは労苦しており、わたしの内に力強く働く、キリストの力によって闘っています。

 

*自分の力だけで闘おうとすると、

傷つき疲れ果て、場合によっては立ち上がれなくなるでしょう。

クリスチャンは自分の内に働くキリストの力によって闘います。

もちろん、同じような労苦が必要ではありますが、

力は無尽蔵に与えられていくのです。

 

2013年1月9日水曜日

9 日「生きるとは、キリスト」

 

 

 

フィリピ1:20-21 新約p 362(引用は、日本聖書協会発行『聖書新共同訳』)

20そして、どんなことにも恥をかかず、これまでのように今も、生きるにも死ぬにも、わたしの身によってキリストが公然とあがめられるようにと切に願い、希望しています。

21わたしにとって、生きるとはキリストであり、死ぬことは利益なのです。

 

*私と言う人間が、今日一日生きることに、

いったいどんな意味があるのでしょうか。

マイナス思考に陥っている場合、

自分自身に大きな意味があると思えないかもしれません。

けれどもクリスチャンにとって、一日を生きるという事は大きな意味があります。

それはクリスチャンを通して、今は見ることができないイエス・キリストを、

この地上に再現するという意味があるのです。

今日という一日、私たちが命を与えられ生きることが、

キリストの栄光を現わす一日となりますように。

 

2013年1月7日月曜日

7日「聖イエス会の誕生」

 

 

マタイ1:21-23 新約p 1(引用は、日本聖書協会発行『聖書新共同訳』)

21マリアは男の子を産む。その子をイエスと名付けなさい。この子は自分の民を罪から救うからである。⌋

22このすべてのことが起こったのは、主が預言者を通して言われていたことが実現するためであった。

23⌈見よ、おとめが身ごもって男の子を産む。その名はインマヌエルと呼ばれる。⌋この名は、⌈神は我々と共におられる⌋という意味である。

 

*キリスト教の知識がある人にとって、

「聖イエス会」という、私たちのグループ名は

かなり違和感がある名称だと思います。

一般的にイエスに対して「聖」という冠は付けないものだからです。

元々は「イエス会」でしたが、グループ全体が神にとって「聖」となるように、

「聖イエス会」と命名されています。

新しい年、ぜひお近くの教会にお出かけください。

 

2013年1月2日水曜日

2日「常に目を注いでおられる」

 

 

申命記11:10-12 旧約p 299

10あなたが入って行って得ようとしている土地は、あなたたちが出て来たエジプトの土地とは違う。そこでは種を蒔くと、野菜畑のように、自分の足で水をやる必要があった。

11あなたたちが渡って行って得ようとする土地は、山も谷もある土地で、天から降る雨で潤されている。

12それは、あなたの神、主が御心にかけ、あなたの神、主が年のえ初めから年の終わりまで、常に目を注いでおられる土地である。

 

*神が約束された場所が、「常に目を注ぐ」という言葉で表現されています。

私たちが進もうとしている未来もまた、神の眼差しがあることを信じ、

信仰によって進むことができますように。

 

2013年1月1日火曜日

1日「言は神なり」

 

 

 

新年おめでとうございます。今年もよろしくお願いします。

ヨハネ1:1-4 新約p 163

1初めに言があった。言は神と共にあった。言は神であった。

2この言は、初めに神と共にあった。

3万物は言によって成った。成ったもので、言によらずに成ったものは何一つなかった。

4言の内に命があった。命は人間を照らす光であった。

 

*イエス・キリストが永遠の初めから存在しておられる神であることを完結に記しています。

新しい一年、キリストが全能の神であるとの信仰にいつも立つことができますように。

すべてのことはそこからスタートするのです。