2012年10月31日水曜日

31 日「信仰によって強められ」

 

 

ローマ4:20-21 新約p 279(引用は、日本聖書協会発行『聖書新共同訳』)


20彼は不信仰に陥って神の約束を疑うようなことはなく、むしろ信仰によって強められ、神を賛美しました。

21神は約束したことを実現させる力も、お持ちの方だと、確信していたのです。

 

*イスラエルの太祖アブラハムのことを言っています。

彼は自分自身の状況に希望が持てないときでも信仰を持ちました。

自分が安定し強くなってから信仰を持つのではありません。

信仰によって強められるのです。

キリストを信じて仰ぐとき、私たちに力と愛と命が注がれます。

 

2012年10月30日火曜日

30日「あなたの家に住む」

 

 

詩編84:1-5旧約p 921(引用は、日本聖書協会発行『聖書新共同訳』)

1【指揮者によって。ギティトに合わせて。コラの子の詩。賛歌。】

2万軍の主よ、あなたのいますところは

どれほど愛されていることでしょう。

3主の庭を慕って、わたしの魂は絶え入りそうです。

命の神に向かって、わたしの身も心も叫びます。

4あなたの祭壇に、鳥は住みかを作り

つばめは巣をかけて、雛を置いています。

万軍の主、わたしの王、わたしの神よ。

5いかに幸いなことでしょう

あなたの家に住むことができるなら

まして、あなたを賛美することができるなら。

 

*自分にとっての一番の幸せは何でしょうか。

人はそれを探し求めて一生を送っているのではないでしょうか。

自分にとっての幸せに確信を持っている人は稀かもしれません。

そのような人は、私たちの目に眩しく映ることでしょう。

 

今日の御言葉は、人にとっての最大の幸福が記されています。

人生の中で、神の働きかけを経験し、神の元にとどまり、

賛美することができることが人の本当の幸せなだと聖書は言っているのです。

 

2012年10月29日月曜日

29日「海の歌」

 

 

出エジプト15:1-5 旧約p 117(引用は、日本聖書協会発行『聖書新共同訳』)

1モーセとイスラエルの民は主を賛美してこの歌をうたった。

主に向かってわたしは歌おう。

主は大いなる威光を現し

馬と乗り手を海に投げ込まれた。

2主はわたしの力、わたしの歌

主はわたしの救いとなってくださった。この方こそわたしの神。

わたしは彼をたたえる。わたしの父の神、わたしは彼をあがめる。

3主こそいくさびと、その名は主。

4主はファラオの戦車と軍勢を海に投げ込み

えり抜きの戦士は葦の海に沈んだ。

5深淵が彼らを覆い

彼らは深い底に石のように沈んだ。

 

 

*聖書に記されている最初の賛美です。

賛美の内容は、主が行われた事柄を喜び、感謝し、主への信頼を告白するものです。

私たちも主を賛美しましょう。

 

2012年10月28日日曜日

28日「息あるものは」

 

 

詩編150:1-6 旧約p 989(引用は、日本聖書協会発行『聖書新共同訳』)

1ハレルヤ。聖所で神を賛美せよ。大空の砦で神を賛美せよ。

2力強い御業のゆえに神を賛美せよ。大きな御力のゆえに神を賛美せよ。

3角笛を吹いて神を賛美せよ。琴と竪琴を奏でて神を賛美せよ。

4太鼓に合わせて踊りながら神を賛美せよ。弦をかき鳴らし笛を吹いて神を賛美せよ。

5シンバルを鳴らし神を賛美せよ。シンバルを響かせて神を賛美せよ。

6息あるものはこぞって主を賛美せよ。ハレルヤ。

 

*私たちの状態は、神に何の影響も及ぼすことはありません。

ですから、私たちの状態に関わらず、

主を礼拝し賛美することが求められています。

神を賛美することは、人の務めと言えます。

 

2012年10月27日土曜日

27日「神に喜ばれる礼拝」

 

 

ローマ12:1-2 新約p 291(引用は、日本聖書協会発行『聖書新共同訳』)

1こういうわけで、兄弟たち、神の憐れみによってあなたがたに勧めます。自分の体を神に喜ばれる聖なる生けるいけにえとして献げなさい。これこそ、あなたがたのなすべき礼拝です。

2あなたがたはこの世に倣ってはなりません。むしろ、心を新たにして自分を変えていただき、何が神の御心であるか、何が善いことで、神に喜ばれ、また完全なことであるかをわきまえるようになりなさい。

 

*私にとって忘れられない、

人生を決定づける聖書の言葉です。

この言葉が心に飛び込んできて、大きな衝撃を受けました。

聖書の言葉は生きていると実感した瞬間でした。

この言葉に力強く押され、牧師の道へと導かれました。

生きている聖書の言葉が、あなたの内にも力強く働きますように。

 

2012年10月26日金曜日

26日「へりくだった心で」

 

 

ルカ18:9-14 新約p 144(引用は、日本聖書協会発行『聖書新共同訳』)

9自分は正しい人間だとうぬぼれて、他人を見下している人々に対しても、イエスは次のたとえを話された。

10⌈二人の人が祈るために神殿に上った。一人はファリサイ派の人で、もう一人は徴税人だった。

11ファリサイ派の人は立って、心の中でこのように祈った。『神様、わたしはほかの人たちのように、奪い取る者、不正な者、姦通を犯す者でなく、また、この徴税人のような者でもないことを感謝します。

12わたしは週に二度断食し、全収入の十分の一を献げています。』

13ところが、徴税人は遠くに立って、目を天に上げようともせず、胸を打ちながら言った。『神様、罪人のわたしを憐れんでください。』

14言っておくが、義とされて家に帰ったのは、この人であって、あのファリサイ派の人ではない。だれでも高ぶる者は低くされ、へりくだる者は高められる。⌋

 

*人は他人と比較して、自分はマシだと考える傾向があります。

視点と基準が自分にあるとき、自分の真実の姿は見えてきません。

聖書の基準、創造主の視点から自分を見るとき、

人は本当の謙遜を身につけることができます。

 

2012年10月25日木曜日

25日「御名によって祈る」

 

 

詩編63:3-6 旧約p 895(引用は、日本聖書協会発行『聖書新共同訳』)

3今、わたしは聖所であなたを仰ぎ望み

あなたの力と栄えを見ています。

4あなたの慈しみは命にもまさる恵み。わたしの唇はあなたをほめたたえます。

5命のある限り、あなたをたたえ

手を高く上げ、御名によって祈ります。

6わたしの魂は満ち足りました

乳と髄のもてなしを受けたように。わたしの唇は喜びの歌をうたい

わたしの口は賛美の声をあげます。

 

*御名によって祈る行為は、私たちが自分自身ではなく、

創造主に期待をしていることの表明でもあります。

命のある限りとは、人生の一貫した生き方の表現です。

クリスチャンの生き方とは、

生涯を通して自分ではなく神様に期待する生き方です。

 

2012年10月24日水曜日

24 日「神の霊によって」

 

 

フィリピ3:3 新約p 364(引用は、日本聖書協会発行『聖書新共同訳』)

彼らではなく、わたしたちこそ真の割礼を受けた者です。わたしたちは神の霊によって礼拝し、キリスト・イエスを誇りとし、肉に頼らないからです。

 

*私たちが最終的に信頼しているのは誰でしょう。

どんな時にも重きを置いている言葉や人は誰でしょうか。

自分自身だけしか信頼できないということもよく聞きます。

「肉に頼らない」とありますが、

これは自分自身をも否定する言葉です。

クリスチャンは自分自身やその他の地上のものに頼るのではなく、

キリストを誇りとし、キリストに頼った生き方です。

もちろん人の助けを変えなければ人は生きていくことができません。

助けをもらう人の背後に、キリストの存在を発見するのです。

 

2012年10月23日火曜日

23日「死んだ業から清めて」

 

 

ヘブライ9:11-14新約p 411(引用は、日本聖書協会発行『聖書新共同訳』)

11けれども、キリストは、既に実現している恵みの大祭司としておいでになったのですから、人間の手で造られたのではない、すなわち、この世のものではない、更に大きく、更に完全な幕屋を通り、

12雄山羊と若い雄牛の血によらないで、御自身の血によって、ただ一度聖所に入って永遠の贖いを成し遂げられたのです。

13なぜなら、もし、雄山羊と雄牛の血、また雌牛の灰が、汚れた者たちに振りかけられて、彼らを聖なる者とし、その身を清めるならば、

14まして、永遠の“霊”によって、御自身をきずのないものとして神に献げられたキリストの血は、わたしたちの良心を死んだ業から清めて、生ける神を礼拝するようにさせないでしょうか。

 

 

*礼拝は強制されていくものではありません。

「生ける神を礼拝するようにさせないでしょうか。」とありますが、

キリストの十字架の血によって、清められ生かされたクリスチャンは、

喜びに突き動かされて、礼拝へと向かっていくのです。

クリスチャンの動機や行動の原動力は、

十字架を知るというところにあります。

 

2012年10月22日月曜日

22日「共同体全体で」

 

 

レビ9:5-6 旧約p 174(引用は、日本聖書協会発行『聖書新共同訳』)

5彼らがモーセに命じられたとおりの献げ物を臨在の幕屋の前に持って来ると、共同体全体は進み出て、主の御前に立った。

6モーセは言った。これは主があなたたちに命じられたことであり、主の栄光があなたたちに現れるためなのである。

 

*信仰というものは個人的な問題であると思いがちですが、

聖書は教会を共同体として描いています。

今日の聖書箇所は、礼拝が個人的なものではなく、共同体全体のものとして記されています。

一人の人が礼拝のメンバーとして欠けているとするなら、

それは共同体全体にとって大きな損失と言えるのです。

 

2012年10月21日日曜日

21日「天国の礼拝」

 

黙示録22:1-5 新約p 479(引用は、日本聖書協会発行『聖書新共同訳』)

1天使はまた、神と小羊の玉座から流れ出て、水晶のように輝く命の水の川をわたしに見せた。

2川は、都の大通りの中央を流れ、その両岸には命の木があって、年に十二回実を結び、毎月実をみのらせる。そして、その木の葉は諸国の民の病を治す。

3もはや、呪われるものは何一つない。神と小羊の玉座が都にあって、神の僕たちは神を礼拝し、

4御顔を仰ぎ見る。彼らの額には、神の名が記されている。

5もはや、夜はなく、ともし火の光も太陽の光も要らない。神である主が僕たちを照らし、彼らは世々限りなく統治するからである。

 

 

*全ての悲しみと呪いが取り去られる日が約束されています。

その時には、御名を押された者は、主を心から礼拝するのです。

 

2012年10月20日土曜日

20日「御言葉を宣べ伝えなさい」

 

 

2テモテ4:1-5 新約p 394(引用は、日本聖書協会発行『聖書新共同訳』)

1神の御前で、そして、生きている者と死んだ者を裁くために来られるキリスト・イエスの御前で、その出現とその御国とを思いつつ、厳かに命じます。

2御言葉を宣べ伝えなさい。折が良くても悪くても励みなさい。とがめ、戒め、励ましなさい。忍耐強く、十分に教えるのです。

3だれも健全な教えを聞こうとしない時が来ます。そのとき、人々は自分に都合の良いことを聞こうと、好き勝手に教師たちを寄せ集め、

4真理から耳を背け、作り話の方にそれて行くようになります。

5しかしあなたは、どんな場合にも身を慎み、苦しみを耐え忍び、福音宣教者の仕事に励み、自分の務めを果たしなさい。

 

*私たちの日々の務めとは何でしょうか。

家庭のこと、仕事のこと、勉学のこと、など

様々な務めがあります。

クリスチャンはそれに加えた務めがあります。

それは神の言葉である聖書を、

そして、聖書が指し示すイエス・キリストを伝えることです。

言葉だけでは説得力は弱いでしょう。

クリスチャン一人一人の生き方を通して、それを伝えなければなりません。

今日一日が聖書の言葉を体現する一日でありますように。

 

2012年10月19日金曜日

19日「幼い日から」

 

 

2テモテ3:15-17 新約p 394(引用は、日本聖書協会発行『聖書新共同訳』)

15また、自分が幼い日から聖書に親しんできたことをも知っているからです。この書物は、キリスト・イエスへの信仰を通して救いに導く知恵を、あなたに与えることができます。

16聖書はすべて神の霊の導きの下に書かれ、人を教え、戒め、誤りを正し、義に導く訓練をするうえに有益です。

17こうして、神に仕える人は、どのような善い業をも行うことができるように、十分に整えられるのです。

 

*聖書の力と価値が述べられています。

聖書の言葉は生きていて、私たちの心に力強く働き掛けてきます。

聖書を読み学ぶことは、クリスチャンの成長に直接的に繋がっていることを心に留め、

今日も御言葉を学びましょう。

 

2012年10月18日木曜日

18日「キリスト・イエスの兵士」

 

 

2テモテ2:1-3 新約p 392(引用は、日本聖書協会発行『聖書新共同訳』)

1そこで、わたしの子よ、あなたはキリスト・イエスにおける恵みによって強くなりなさい。

2そして、多くの証人の面前でわたしから聞いたことを、ほかの人々にも教えることのできる忠実な人たちにゆだねなさい。

3キリスト・イエスの立派な兵士として、わたしと共に苦しみを忍びなさい。

 

*私たちの力の原動力は何でしょうか。

何によってモチベーションを上げているでしょうか。

苦しいことを乗り越える力は何でしょうか。

家族の笑顔、生活のための資金、自分自身のスキルアップ。

他にはどんな原動力があるでしょうか。

クリスチャンの原動力はキリストにおける恵みです。

恵みを受けることによって、人生を生き抜くエネルギーが与えられるのです。

今日一日、皆さんの上に恵みがありますように。

 

2012年10月17日水曜日

17 日「信じる人々の模範」

 

 

1テモテ4:12-15 新約p 387(引用は、日本聖書協会発行『聖書新共同訳』)

12あなたは、年が若いということで、だれからも軽んじられてはなりません。むしろ、言葉、行動、愛、信仰、純潔の点で、信じる人々の模範となりなさい。

13わたしが行くときまで、聖書の朗読と勧めと教えに専念しなさい。

14あなたの内にある恵みの賜物を軽んじてはなりません。その賜物は、長老たちがあなたに手を置いたとき、預言によって与えられたものです。

15これらのことに努めなさい。そこから離れてはなりません。そうすれば、あなたの進歩はすべての人に明らかになるでしょう。

 

*キリスト教では、人格的な成長をどのように期待するのでしょうか。

①聖書を学ぶということ

②神が内に与えられる聖霊の働き

この2つのことは、私たちの人格に大きな影響と進歩が与えられ、

そしてついには誰の目にも明らかとなります。

 

2012年10月16日火曜日

16日「確かな人物」

 

フィリピ2:19-22新約p 363(引用は、日本聖書協会発行『聖書新共同訳』)

19さて、わたしはあなたがたの様子を知って力づけられたいので、間もなくテモテをそちらに遣わすことを、主イエスによって希望しています。

20テモテのようにわたしと同じ思いを抱いて、親身になってあなたがたのことを心にかけている者はほかにいないのです。

21他の人は皆、イエス・キリストのことではなく、自分のことを追い求めています。

22テモテが確かな人物であることはあなたがたが認めるところであり、息子が父に仕えるように、彼はわたしと共に福音に仕えました。

 

ここ数日、虚偽の研究成果についての内容が

紙面を賑わせています。

本人が主張するように、1回の手術が本物であったとしても、

残りがウソということであれば、

確かな人物という評価を得ることはできません。

テモテはクリスチャンとして本当に確かな人物でした。

その人物像は、

①他者に対して親身になること。

②自分のことを追い求めないこと です。

今日一日、この点を心にとめて過ごすことができますように。

 

2012年10月15日月曜日

15日「評判の良い青年」

 

使徒16:1-5 新約p 244(引用は、日本聖書協会発行『聖書新共同訳』)

1パウロは、デルベにもリストラにも行った。そこに、信者のユダヤ婦人の子で、ギリシア人を父親に持つ、テモテという弟子がいた。

2彼は、リストラとイコニオンの兄弟の間で評判の良い人であった。

3パウロは、このテモテを一緒に連れて行きたかったので、その地方に住むユダヤ人の手前、彼に割礼を授けた。父親がギリシア人であることを、皆が知っていたからである。

4彼らは方々の町を巡回して、エルサレムの使徒と長老たちが決めた規定を守るようにと、人々に伝えた。

5こうして、教会は信仰を強められ、日ごとに人数が増えていった。

 

*テモテはキリスト者としてとても評判が良かったようです。

私たちの評判はどのようなものでしょうか。

もちろん、人の評価を気にするということではありません。

けれども、クリスチャンが人として評価されるとき、

信仰の素晴らしさが証明され、福音も広がっていくことでしょう。

今日一日、キリストに助けられて、良い評判を得ることができますように。